仙台高等裁判所 昭和58年(ネ)328号 判決 1984年8月31日
控訴人 野辺地安太郎
右訴訟代理人弁護士 祝部啓一
右訴訟復代理人弁護士 菅原弘毅
被控訴人 山崎茂
被控訴人 猪又昭治
右両名訴訟代理人弁護士 渡辺義弘
右訴訟復代理人弁護士 村松敦子
主文
原判決を取り消す。
控訴人が、訴外東急興業株式会社から金二一〇〇万円の支払いを受けるまで別紙物件目録記載の土地につき、これを留置する権利を有することを確認する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、控訴の趣旨
主文同旨の判決
二、控訴の趣旨に対する答弁
「本件控訴を棄却する。」との判決
第二、当事者双方の主張及び証拠の関係
左記のほかは原判決事実摘示及び当審記録中証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する(ただし、原判決別紙図面中表題の下のカッコ内の「二三三」を「二二三」と改める。)。
一、控訴人
被控訴人らは控訴人に対し本件土地の引き渡しを求めている。
二、被控訴人
控訴人が東急興業に対し昭和五五年二月二八日本件土地を売却したこと、東急興業が売買代金の一部を支払わなかったため、控訴人主張日時頃右売買契約が解除された事実はこれを認める。
理由
一、1. 控訴人が東急興業に対し昭和五五年二月二八日本件土地を売却し、同二九日所有権移転登記を了したこと、東急興業が売買代金の一部に未払があったため、控訴人は東急興業に対し支払を催告したうえ同年一〇月二〇日頃、右売買契約を解除したこと、しかるに東急興業は同年一一月二八日飯原敬治に対し本件土地を売却し、その旨の登記を了し、次いで右飯原は被控訴人らに対し同年一二月一五日右土地を売却し、その旨の登記を経由したことは当事者間に争いなく、当審証人下川原政吉の証言及び右証言により成立を認める甲第二号証に弁論の全趣旨によると、控訴人は東急興業に対し本件土地を金三〇〇〇万円で売却し、即日同社から手附金として金九〇〇万円を受領したこと、残代金二一〇〇万円は同年七月一五日までに完済する約定であったが右支払期限経過後も支払われず前記の如く債務不履行解除になったことが認められる。
しかして右に挙示の証拠に成立に争いのない甲第六号証、右下川原証言によって本件土地を昭和五五年一二月一四日撮影した写真であることが認められる甲第一〇ないし第一六号証によると、控訴人と東急興業との前記売買契約においては、所有権移転登記は手附金九〇〇万円の授受と同時に実行するが、引渡は残代金二一〇〇万円の完済と同時になされる旨約定され、控訴人は現に右土地を占有していることが認められる。
右占有につき、被控訴人らは、控訴人は本件土地のうち原判決別紙図面イ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次直線で結んだ線により囲まれた範囲の部分については占有をせず、鈴木実男が占有している旨主張する。たしかに弁論の全趣旨によって成立を認める乙第一、二号証によると、控訴人は鈴木実男を被告として青森簡易裁判所に対し、右鈴木が本件土地のうち右イ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次直線で結んだ線に囲まれた部分を占有しているとして本件土地の所有権に基づく妨害排除請求権の行使としてその明渡を求める訴を提起したことが認められるが、原本の存在と成立に争いのない甲第六号証の一、二〇によると右鈴木は右占有の事実を否認し、右訴は後日取下げにより終了したことが認められるのみならず、そもそも被控訴人の主張する前記鈴木占有部分なるものが具体的に本件土地のどの部分に位置するのか(前掲下川原証言及び甲第六号証によると本件土地は土地家屋調査士中村玉一の昭和五六年一〇月二二日付作成の本件土地の「地積測量図」(甲第六号証)の如き地形であることが認められる。)、これを的確に認めるに足る証拠はないから被控訴人らの右主張は採用できない。
2. ところで、甲所有の物を買受けた乙が、売買代金を支払わないままこれを丙に譲渡した場合には、甲は丙からの所有権に基づく引渡請求に対して未払代金を被担保債権とする留置権を主張することができるものと解せられるが(最高裁昭和四七年一一月一六日判決、民集二六巻九号一六一九頁)、右設例において、甲が乙の売買代金不払を理由として売買契約を解除し、原状回復として現物返還の不能により価格返還請求権を取得するに至った場合においても公平の原則に照らし同様に解するのを相当とする。
けだし、売買代金債権と契約解除に基づく原状回復としての価格返還請求権とは形式的にはその法的性質を異にするがその実質は異なるものではないのみならず、たまたま売主甲が買主乙に対し解除をしたか否か(買主に代金不払の事態が生じたときは、売主としては損害の発生を未然に回避するために契約を解除して売却物件の回復を計ろうとするのは当然であり、しかもすでに買主が転売ずみであるか否かは知りえないのが普通である。)によって留置権の成否に相異のあることは著しく均衡を失するからである。もとよりかく解することによって転得者たる丙は不測の負担を負わされる危険が生ずるが(しかしこの危険は契約が解除されない場合も同じ。)、そもそも第三者の占有している物を買受ける者は留置権をもって対抗されることを覚悟すべきものともいいうるのであって、甲の犠牲において留置権を否定する理由とはなしがたい。
なお、「不動産の二重売買において、第二の買主のため所有権移転登記がなされた場合、第一の買主は第二の買主の右不動産の所有権に基づく明渡請求に対し、売買契約不履行に基づく損害賠償債権あるいは不当利得返還債権を被担保債権として留置権の主張をすることは許されない。」とすること判例(最高裁昭和四三年一一月二一日判決、民集二二巻一二号二七六五頁)であるが、右判例はその事案を異にするのみならず、右事案においてもし第一の買主に第二の買主に対する留置権の主張を肯定するならば、もともと二重売買を許容し、両買主間の優劣は登記の具備によって決定されるという現行法の原則に反する結果となるからでもあって(対抗力を具備しない賃借人が賃貸物件の譲受人からの引渡請求に対し賃貸人に対する債務不履行に基づく損害賠償債権を被担保債権とする留置権は認められないとする大審院大正九年一〇月一六日判決、民録二六輯一五三〇頁も同理)、右判例の存在をもって前記説示の法理を是認する障害とはいえない。
3. 以上の説示するところを本件についてみるに、控訴人は東急興業に対し代金不払を理由に本件売買契約を解除したにもかかわらず、その後同社は飯原に売却してすでに取得していた所有名義を利用して所有権移転登記を経由し、更に飯原は被控訴人らに転売してその旨の登記を経由したものであるから、控訴人は東急興業に対し本件土地の現物返還請求に代わる価格返還請求権を取得したものというべく、しかして前記のとおり本件土地の昭和五五年二月二八日における売買契約における代金額は金三〇〇〇万円であるから、特段の事情の認められない本件においては解除された日である同年一〇月二〇日頃における本件土地の価格は少なくとも金三〇〇〇万円であることが推認されるから、控訴人は東急興業に対し、金三〇〇〇万円の価格返還請求権を有し、本件土地の転得者たる被控訴人らから所有権に基づく引渡請求があるときは右請求権を被担保債権として、留置権を行使しうるものというべきである(なお控訴人は東急興業から手附金(売買代金の内金)として金九〇〇万円を受領していること前記のとおりであるが、右金員は価格返還請求権の一部と対当額で相殺されることになるであろう。)。
4. しかして、被控訴人らが控訴人に対し所有権に基づき本件土地の引渡を請求していることについては被控訴人らの明らかに争わないところであるから、控訴人の本件留置権存在確認請求は理由があるというべきである。
二、よって本件請求を棄却した原判決は失当であるからこれを取り消し、右請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤幸太郎 裁判官 岩井康倶 富塚圭介)
<以下省略>